認知症の親の不動産、家族の判断だけでは動かせない
親が認知症になり、実家の売却や賃貸への切り替えを検討しはじめた段階で多くの家族が直面するのが「本人名義の不動産を勝手に売れない」という現実です。
日本の民法では、契約は当事者の意思能力を前提としています。判断能力が著しく低下した状態でサインした売買契約や委任状は、後から「意思能力がなかった」として取り消されるリスクがあります。家族であっても、本人の代わりに売買契約を締結したり、登記手続きを進めたりすることは法律上認められていません。空き家になった実家を処分したい、施設の費用に充てたい、相続トラブルを防ぎたい——そうした事情があっても、正規の手続きを経なければ不動産は動かせないのです。
成年後見制度の3類型と申立ての概要
こうした場面で使われるのが成年後見制度です。家庭裁判所が選任した後見人等が、本人に代わって財産の管理や法律行為を行うことができる制度で、本人の判断能力の程度に応じて次の3つの類型に分かれます。
| 類型 | 対象となる判断能力の状態 | 代理権の範囲 |
|---|---|---|
| 後見 | ほとんど判断できない(重度) | 財産に関するほぼすべての法律行為 |
| 保佐 | 著しく不十分(中度) | 特定の重要な行為(同意権・取消権・一部代理権) |
| 補助 | 不十分(軽度) | 申立てで定めた特定の行為のみ |
認知症が進行し、日常的な判断がほとんどできない状態であれば「後見」の対象になるのが一般的です。申立てができるのは、本人・配偶者・四親等内の親族・市区町村長などです。申立て先は本人の住所地を管轄する家庭裁判所で、申立てから審判(後見人選任)まで通常1〜2か月程度かかります。なお、後見人には親族が選ばれることもありますが、財産規模や家族間の利害関係によっては弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職後見人が選任されるケースも少なくありません。
居住用不動産の処分には家庭裁判所の「別途許可」が必要
成年後見制度を使えば後見人が不動産を処分できる、と思われがちですが、ここに重要な例外があります。民法859条の3により、成年後見人が本人の「居住用不動産」を売却・賃貸・抵当権設定・取り壊しなどの方法で処分する場合には、後見人の判断だけでなく、家庭裁判所の許可を別途得ることが義務付けられています。この許可なしに行った処分行為は無効となります。
ここで注意が必要なのは「居住用不動産」の範囲が広く解釈される点です。本人が現在居住している建物に限らず、次のようなケースも居住用不動産として扱われる可能性があります。
- 施設入所前まで本人が住んでいた自宅
- 入院・入所中だが退院・退所すれば戻る可能性がある建物
- 本人が将来的に居住する可能性があると家庭裁判所が認めた建物
空き家になっているから問題ない、という判断は通用しません。一方で、収益物件(賃貸アパートや店舗など)は居住用不動産処分許可の対象外ですが、後見人の善管注意義務のもとで財産管理の一環として適切に扱う必要があります。
手続きの具体的な流れと期間の目安
居住用不動産の売却に至るまでの主なステップは以下のとおりです。
- 主治医・かかりつけ医に診断書(家庭裁判所所定の書式)を作成してもらう
- 本人の住所地を管轄する家庭裁判所へ後見開始の申立てを行う
- 家庭裁判所の審理(必要に応じて精神科医等による鑑定)を経て後見人が選任される
- 後見人として不動産の処分が必要と判断した段階で、あらためて家庭裁判所へ居住用不動産処分許可の申立てを行う
- 家庭裁判所が本人の利益に照らして相当と認めれば許可審判が出る
- 許可を得て初めて売買契約の締結・決済へ進める
後見開始の審判まで1〜2か月、その後の処分許可の申立てにさらに数週間〜1か月程度かかるのが一般的な目安です。買主候補が見つかっていても、この手続きを省略することはできません。売却の必要性が見えてきた段階で早めに動き出すことが、手続き期間のロスを最小化するうえで重要です。
家族信託・任意後見制度と何が違うか
成年後見制度と混同されやすい制度として「任意後見制度」と「家族信託」があります。両者は本人の判断能力が低下する前に準備しておく制度であり、すでに認知症が進行してからでは利用できない点が決定的な違いです。
任意後見制度は、本人が元気なうちに将来の後見人と支援内容を公正証書で契約しておく仕組みです。本人の判断能力が低下した後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで効力が生じます。法定後見と異なり、支援内容を本人があらかじめ決めておける点が特徴です。
家族信託は、不動産や預貯金などの財産を信頼できる家族(受託者)に移転し、契約で定めた目的・範囲で管理・処分できる仕組みです。家庭裁判所の許可を都度得る必要がなく、機動的に対応できるメリットがあります。ただし、施設入所契約や医療同意といった身上監護はカバーしないため、財産管理と身上監護の両面が必要な場合は成年後見制度との組み合わせが検討されます。
いずれも判断能力があるうちでなければ使えない制度です。親が高齢になってきたと感じたら、まだ元気なうちに専門家(弁護士・司法書士)へ相談することで、将来の不動産処分をより柔軟かつスムーズに進める選択肢が広がります。
成年後見制度を始める前に知っておきたいこと
成年後見制度は本人の財産と生活を守るための制度ですが、利用にあたっては次の点を事前に理解しておくことが大切です。
- 後見が開始されると、本人が亡くなるまで原則として終了させることができない
- 後見人(特に専門職後見人)には月額数万円程度の報酬が継続的に発生する
- 後見人は本人の財産を保護する立場のため、家族の希望通りに資産を動かせるとは限らない
- 家庭裁判所による監督が入るため、定期的な報告義務が生じる
実家の売却だけを目的に成年後見を開始する場合、売却後も後見が続く点に注意が必要です。売却が完了しても後見は終了しないため、その後の財産管理コストを含めて検討することをおすすめします。専門家に相談する際は弁護士・司法書士のほか、家庭裁判所の窓口でも手続きの概要を確認できます。
居住用不動産処分許可を得て売却を進める段階になった際は、エムアセッツでも売却に向けたご相談を受け付けております。地域の状況に詳しい信頼できる仲介会社のご紹介も可能ですので、物件の状況とともにお問い合わせフォームからご連絡ください。
著者
森 信幸
代表取締役 / エムアセッツ株式会社
宅地建物取引士(宮城県 第018212号)
仙台市青葉区を拠点に、シャーメゾンを中心とした高品質賃貸物件を所有・運営。全棟ペット可の方針で、入居者とペットが快適に暮らせる住環境づくりに取り組んでいます。
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